9月

今持っているスーツは一つしかない。正確に言うとズボンはかなり本数があるはずなのだが、足首にテーパードしていくようなそれなりにかっこよく見えるスーツは大学1年生の時に買ったスーツカンパニーのものしかない。思えばそれを10年弱着ていることになるだろうか。本当に大学1年生の時に買ったものか怪しい気すらしてくる。

そろそろ買い改めねば、と思い始めて数年以上が経つ。就職試験のために買い替えるとか、社会人になったのだからとか、いろんな買い替える理由はあったのだが、今の体型で作りたくないという1点で叶わなかった。

今月末に作る予定だ。あと10日間ぐらいしかない。正直もう少し体重は減ってほしいところだ。砂糖の摂取を10日間ぐらい控えめにしよう。

食事は野菜、卵、ヨーグルト、らしい。自分はどうしても米・菓子が食べたくなってしまう。あぶらっぽいものも好きだ。

部屋のカーペットを半分ぐらい剥いだ。床が全面一体化していて少し気持ちがいい。半年後にはこの部屋から引っ越しているはずだ。うーん、正直もう数年この環境で暮らしていたい。

ハトムギ化粧水スプレー、泡ヘパリン、ドイツのクリーム、無印のハンドクリーム、パウパウ、thankyouハンドクリーム。飽和しているな。抗炎症作用のクリームが一番良いのではないかと思い始めている。

 

8月

暑い日が続く。そう言っている間に8月半ばだ。

食事を少しコントロールできている。体重も一番増えた時より5kgぐらい減った。筋トレ社長の「歯磨きをするように筋トレを」というフレーズを読んで少しずつ筋トレしている。体つきもすこし変わったようで、痩せた?と聞かれるようになった。

仕事はとりあえずつべこべ考える前に手を付けるようになった。手を付けといてよかったと直前に思うことがたまにある。この頻度を増やしていきたい。

本と映画は淡々と消費している。

 

ああ、夏の空だ。台風もすぎて、空が青い。白い雲。久しぶりにあった友人。時間が流れている。

 

俺はここでは自由だ、というタイトルは、ここ以外では不自由だと思っているということなのだろう。自分では忘れていたが、小学生の俺はよく学校の担任の先生に自由が欲しいと言っていたらしい。自由時間が欲しかったわけじゃない。きっと価値観の自由が欲しかったのだ。こうでなければならない、こうであるべきである。

しかしそのおかげで乗り越えた試験、試練?がいくつかある。今の自分にとって根本的なものが含まれる。

競争なのかなんなのか、べきであるのラットレースにまだ終わりはなくて、出世とか、同業者からの評価とかを考えると、今の自分はまだまだ不十分だ。楽しい時間よりは、必死になって取り組んでいる時間のほうが多い。余裕がない感じだ。40歳ぐらいまで勝ち続けた人が、40歳や50歳のイベントひとつがスムーズにいかず出世コースから外れるエピソードを聞いた。そこまで勝ってもまだ安寧はないのかとゾッとしたが、友人達がピラミッドなのだからそういうものだろうとコメントしていて納得した。

思えば、たくさん友人と話をしているものだなあ。毎日のように飲み会の予定がある。人と会う予定が入っている。自分なりに厳選しているつもりで、なんならずいぶん前に行うべきイベントをやっと開催しているようなものなのに、過密すぎると負担に思うことがあるほど予定がある。しかし、たかがしかしされどなのか、飲み会ごとにひとつぐらいはハッとする話があるものだ。そういったものは忘れないうちに記録に残すべきだろう。何を話したいのかもわかっていなくて、もしくは本当は話したいと思っているけどなかなか口から出てこないことがある。長時間あてもなく話していると、ふと話が始まったりする。そういうのは恣意的に操作できない。少なくとも今の俺には無理だ。

つらい思いをしても、悲しい思いをしても、それでもあなたに会えてよかったと思ってしまう。それは精神的な自己防衛かもしれない。でも友人の指摘する通り、もとより壮大なマスターベーションだ。相手を巻き込んでいるだけで、俺が考えてこだわっているのはいつも自分のことだ。そんなことをしても、根本的なところはどうにもならないと、ここまで来てやっと、俺は思い出した。こんな大切なこと、どうして忘れていられるんだろうと思いながらこうやってブログに記載する。素直は大切だ。それが目をそむけたくなる「べきじゃない、そうであるべきではない」ものであったとしても。そこを通過して次の段階に進むのだ。

 

7月

もう半年が経ったのか、と思う。6月は書き損ねてしまった。

なにか取り返しのつかないところに落ちている気もした。同期のやつらと比較して、薄暗い、影の方へ、陰の方へ行っている気もした。今も必ずそうでないとは言えない。

愛されたい。愛を感じたい。必要とされたい。生活がどんなに健康でも、心が健康を保っているとは限らないのだな、とつくづく分かった。社会的な生活を、仕事をどれだけまともにやっているからと言って、プライベートな面に何を抱えているかなんて、本当に分からないものだなとよく分かった。そう思うと、華やかに順調に見える彼らにも、きっと後ろ暗いところは、多分、あるんだろうなと思う。

太ったりしないような食事。なんだかんだジムも行くし、水泳もする。サークルにもはいる。にきびも作らない。食事は自分で用意できる。人に用意するのも苦じゃない。お弁当も作れる。箸置きだってちゃんと使う。ビール用にグラスが常になにかしら冷やしてある。生活用品が欠けることもない。家で過ごすのが好き。家の時間が快適になるように、実際手間暇はかかっている。外に出る用事もあまりないから、部屋は綺麗に片付いている。

なぜストレス発散がセックスではいけないのか、ということにこたえるのは難しい。多分理屈で突き詰めるにはえぐい。ストレス発散が猫を殺すことではだめですか、みたいな感じに近いと思う。不健康なのだ。

私はきっとずっとは隣にいない。今なぜいるのかと言われると難しい。寂しいから。構ってくれるから。学ぶものがあるから。この人から習得すべきものがあるから。すべてが順調に進んで、体を絞って、感染もしなくて、仕事もできて、引っ越して部屋のキッチンで料理をするようになれたとき、遠すぎてわからないけれど、この人を必要としなくなれるだろうか。健康的なところもあるし、不健康なところもある。その時私の最大の課題は、この人を健康にすることだ。

後輩から、ちょっと痩せました?肌きれいになりましたね、と言われたりする。だれのおかげ?間違いなく彼だ。歯を磨いてくれる人なんて地球のほかにどこにいるんだ。爪をやすってくれる恋人なぞ他にどう探せば見つかるというんだ。これは愛か?無償の愛か?利害関係の駆け引きか?

私は体の健康を、彼には心の健康を。まあ、私の心もとても健康と言えない時もあるけど、それでも彼の闇が深くなる時よりは、マシだと思う。

 

5月

5月がほとんど終わろうとしている。そろそろ東京も梅雨入りするだろうか。6月が終われば、1年も半分が過ぎたことになる。1月から3月は、だいたい年度末にむけてドタバタしていて、滑り込むように4月からの新しい環境に突入して、疲れてかぜを引かないように気をつけているうちにゴールデンウィークになって。慣れてきたなあと思って1週間が早いなあと思っているとすぐにこんな時期になる。

仕事にもっと取り組みたいと思っていて、少しずつ達成されている。もう苦笑するほど当たり前なことだが、ひとつずつ知識を習得している。

体重は完全に横ばいだ。体に全体的に脂肪がのっているのを感じる。ラグビー部の同期からもらったダンベルで40㎏のデッドリフトと10㎏のアームカール、20㎏のスクワットをやっている。胸を鍛えていないのが気になる。

本を読むことだけは、軸として続いている。溜まったりもしているが、絶え間なく読んでいるし、一冊一冊に手にいれた理由もあるので、悪くない気持である。でもつねに借金を返しているようで、ちょっともやもやする。やっぱり、本屋にはいる、面白そうな本を見つける、それを真っ先によむ、というサイクルが良いと思うんだよな。そう思うと、ストックしておく本は、だいたい5冊ぐらいじゃないだろうか。1年で読む本の量にもよるんだけど。去年は何冊だったかな。20冊ちょいぐらいだろうか。だとすると、今年はすでにそのぐらいは読んでいるけどな。

クラシックギターを少し触るようになった。もっと触りたいけど、次はどの曲をやろうかな。

 

人づきあい

今の恋人に求めるものは、愛情ただそれだけだ。上京して2年。想像よりうまくいったこともあれば、想像よりうまくいかなかったこともある。恋愛はうまくいかなかったことだ。

前の恋人とは。未熟さゆえの不安で触れなければよいことに触れてしまった。本当は、あいまさをただそのまま抱え込み、グレーのまま保留にして、数か月か半年をかけてゆっくり確認していくべきものを、短時間で白黒はっきりさせようとした。

愚かだっただろう。でもそれを今のおれは責められない。その時のおれは、おれなりに一生懸命だったのだ。

なんにせよ、当時のおれは疲れ果てていた。たくさん人がいるのに、なんとなくうまくいく人はある程度いるのに、俺が欲しいものはなかなか手に入らなかった。そんな俺に彼は愛情を注いでくれた。俺は彼に感謝している。

彼はその上料理を作ってくれる。俺の好きなたべものを聞いてくれて、それを覚えてくれている。俺の食べたいものを聞いて、それを作ってくれる。机に食事を並べてくれる。好きだ。でも、作ってくれなくても好きなのだ。

恋人

今の恋人について語ったことがない。なぜだろうとたまに思う。故郷の恋人についても語ったことがない。なぜだろう。もっと彼らについて語るべきだと思う。

今の恋人は、以前の人と年齢が同じ、生活が丁寧なことが同じ、料理が得意なことが同じだ。しかしそれらの表現は嘘ではないが、異なる部分も大いにある。

食べたい料理を作ってくれる。自分を好いてくれている。

彼と出会ってからもう4か月以上が経っている。思えば彼と出会ったのは去年末の話だ。

寿命3年間、そんな思いが自分の中にはあって。