1月

年が明けた。

引っ越して一か月。家具らしい家具は結局机とベッドだけか。家電が多いんだろうか。なんとなく雑然としている気がして、物の数を減らしたいと思っている。放っておけば、ものは増えていくのだなとよく分かる。

部屋が寒い。エアコンしか暖房器具がない。部屋が乾燥しているとよくないとのことで加湿器を購入した。それまではフライパンでお湯を沸かしていた。わかったことは、フライパンの過熱による加湿はスピードとパワーがあったということ(持続力が全くない)。湿度42%程度ではあまり違いを感じないということ。カビと電気代を気にして加熱式ハイブリッドを購入してみたが、なんとなくパワーに疑問がある。でも象印の加熱式より、やっぱり電気代は随分安いのだろう。

体重計を買い替えたいなと思っているが、メルカリ次第だろうか。自分が一度手に入れたいと思って、でも今はもう手放したいと思っているもの。別の誰かが欲しがっているというのは自然な事とはいえ、こんな風に実現可能になったのだなと感心する。

12月

引っ越した。まさかこんなに急展開するとは思っていなかった。複数の不動産会社を見て回って、ここでしか扱っていない物件はありますか、ぐらいの質問はしてみたかった。せめて3社ぐらいは回りたかったが、ものすごい速さで決めてしまった。

家具はゆっくり一つずつ増やしている。それが許される引っ越しだからなのもある。

人を大切にするとはどういうことだろうか。新しい出会いを求めるとはどういうことだろうか。なぜ新しい出会いを求めなければならないのだろうか。今自分はどんな人と知り合いなのだろうか。きっとそれは物と同じだ。新しいものがほしい。どうして?今のものに不満だから。何が不満なのか?何を持っているのか?どんなものが欲しいのか?ちゃんと考えていなければ曖昧なままだし、曖昧な評価基準のもとに行動してもすっきりしないことが多い。まあ動くことで気が付くことはある。

仕事に手は抜かない。

体重が減らないと言い始めて3ヶ月ぐらいになるだろうか。

11月

カバンを捨てたような気がする。スニーカー2足をメルカリで売りたいのだがもたもたして売っていない。

スーツを受け取った。こんな感じの見た目なのか、でも悪くないな、という印象。しっかりしたスーツの印象だ。これからどのぐらいこのスーツを着ていくだろう。どこに着ていくだろう。ボタンの色を少し変わったものにするだけで、あれ?そのスーツなんか高いとかオーダーメイド?という雰囲気になることが分かった。

体重は下がりどまっているし、筋トレも以前にましてしていない。今からしよう。

仕事は手を動かし始めるのがとにかく遅いので、とにかく動き始めて考えてみようと。

睡眠の質を確かめたくてアプリを使い始めた。自分の人生はいびきをかくものだと思っていたが、手術のおかげで今はかいていない様子だ。やっぱり、受けて良かったんだろうな。快眠度の指数も平均よりは高めだ。そうなると足りないのは睡眠時間ということになるのだろうか。

人生初めての不動産屋さんにいくだろうか。

 腕時計は5万未満でおしゃれなものがたくさんあることはよく分かった。買っていたらきりがない。こうなったら100万近くになるまでは我慢しようと思う。

10月

1か月で物事はどのくらい進むものか。まあ意識的に進めたら色々進むもんだよね。

カーペットは全部剥いだ。もともと敷いてあるマットタイルで暮らしている。掃除機をかけたり、アルコールスプレーを除菌になるかと思って吹きかけたり。ホコリってこんなに溜まるもんなんだなと普通の感想を抱く。

スーツを作った。予定していたわけだし作ること自体は1,2時間話しながら採寸すれば済む話。自分が怯えてなかなか出来なかったことはこんなあっさり済むもんなんだな。グレーにしてみたけどどうだろうか。冷静に考えてあれを着て結婚式とか行っていいんだろうか。

お金の運用。ロボアドバイザーも始めたし、あとはふるさと納税とイデコぐらい。

読書は本当は古典を読みたいんだけどね。小説を読んでると時間の無駄のような気がしてくるから切羽詰まった生活を送っている証だなと思う。愛されたい、自分が愛されたいばかり。無いものねだりで別のものを望んで望み続けて。相手にいろんなことを要求して、自分の価値観にあわないと怒ったり拗ねたりして。夕日になりかけた青い空。

月英語の勉強会に参加することになった。英語、ちょっとぐらい思い出しておかないとなあ。日本にいても英語のイベントはあるもんだな。

音楽。宇多田ヒカルがやっぱり好きだなあ。坂本龍一とかAsgeirとか。

体重この1か月減ってないような印象だったけど、1㎏ぐらいは減っているらしい。どうーしても筋トレする気にならないのはなんでなんだろうな。腕立てをするようにはなったな。それが進歩か?

Kindle.漫画とハウツー本。ハンターハンターはやっぱり面白い。7つの習慣。自立。主体的・終わりを考える・最優先事項を優先する。公的成功、Win-WIn・理解に徹してから理解される・シナジー相乗効果。

本を読んでいる時間。

ギターの習い事。お茶の映画。ポーレックスのミルを購入する決意。

今の自分の最優先事項はなんだ。「そりゃあ付き合ってるのにそういうこと言われたらそうなるでしょ」「正直無神経やったと思うよ」「切り替え速いよね」

幸せと不幸が平行で同時進行してるだけだと思ってるけどな。生活ってそういうものなんじゃないの?婚約前提で付き合ってる相手から別れを考慮してる発言をされてショックってこと?いや待てよその段階にたどり着くまでにやらないといけないこと山ほどあるだろ、それ全然やってないのに気分だけ自分の気持ちだけ納得してそんなところに勝手にいるんじゃねえよ。

自分を振った相手から、友達でいようといわれたら、都合よすぎるだろふざけんなよ俺の気持ち考えろ無神経にもほどがあるだろマジでふざけんなよとなる。逆の立場ならそれでもひと時の間幸せな時間をありがとうと思いたい。

結論はいつもぼんやり分かっている。納得がいかずに駄々をこねているだけだ。

9月

今持っているスーツは一つしかない。正確に言うとズボンはかなり本数があるはずなのだが、それなりにかっこよく見えるスーツは大学1年生の時に買ったものしかない。思えばそれを10年弱着ていることになるだろうか。本当に大学1年生の時に買ったものか怪しい気すらしてくる。

そろそろ買い改めねば、と思い始めて数年以上が経つ。就職試験のために買い替えるとか、社会人になったのだからとか、いろんな買い替える理由はあったのだが、今の体型で作りたくないという1点で叶わなかった。

今月末に作る予定だ。あと10日間ぐらいしかない。正直もう少し体重は減ってほしいところだ。砂糖の摂取を10日間ぐらい控えめにしよう。

部屋のカーペットを半分ぐらい剥いだ。床が全面一体化していて少し気持ちがいい。半年後にはこの部屋から引っ越しているはずだ。うーん、正直もう数年この環境で暮らしていたい。

保湿剤が飽和している。抗炎症作用のクリームが一番良いのではないかと思い始めている。

 

8月

暑い日が続く。そう言っている間に8月半ばだ。

食事を少しコントロールできている。体重も一番増えた時より5kgぐらい減った。筋トレ社長の「歯磨きをするように筋トレを」というフレーズを読んで少しずつ筋トレしている。体つきもすこし変わったようで、痩せた?と聞かれるようになった。

仕事はとりあえずつべこべ考える前に手を付けるようになった。手を付けといてよかったと直前に思うことがたまにある。この頻度を増やしていきたい。

本と映画は淡々と消費している。

 

ああ、夏の空だ。台風もすぎて、空が青い。白い雲。久しぶりにあった友人。時間が流れている。

 

俺はここでは自由だ、というタイトルは、ここ以外では不自由だと思っているということなのだろう。自分では忘れていたが、小学生の俺はよく学校の担任の先生に自由が欲しいと言っていたらしい。自由時間が欲しかったわけじゃない。きっと価値観の自由が欲しかったのだ。こうでなければならない、こうであるべきである。

しかしそのおかげで乗り越えた試験、試練?がいくつかある。今の自分にとって根本的なものが含まれる。

競争なのかなんなのか、べきであるのラットレースにまだ終わりはなくて、出世とか、同業者からの評価とかを考えると、今の自分はまだまだ不十分だ。楽しい時間よりは、必死になって取り組んでいる時間のほうが多い。余裕がない感じだ。40歳ぐらいまで勝ち続けた人が、40歳や50歳のイベントひとつがスムーズにいかず出世コースから外れるエピソードを聞いた。そこまで勝ってもまだ安寧はないのかとゾッとしたが、友人達がピラミッドなのだからそういうものだろうとコメントしていて納得した。

思えば、たくさん友人と話をしているものだなあ。毎日のように飲み会の予定がある。人と会う予定が入っている。自分なりに厳選しているつもりで、なんならずいぶん前に行うべきイベントをやっと開催しているようなものなのに、過密すぎると負担に思うことがあるほど予定がある。しかし、たかがしかしされどなのか、飲み会ごとにひとつぐらいはハッとする話があるものだ。そういったものは忘れないうちに記録に残すべきだろう。何を話したいのかもわかっていなくて、もしくは本当は話したいと思っているけどなかなか口から出てこないことがある。長時間あてもなく話していると、ふと話が始まったりする。そういうのは恣意的に操作できない。少なくとも今の俺には無理だ。

つらい思いをしても、悲しい思いをしても、それでもあなたに会えてよかったと思ってしまう。それは精神的な自己防衛かもしれない。でも友人の指摘する通り、もとより壮大なマスターベーションだ。相手を巻き込んでいるだけで、俺が考えてこだわっているのはいつも自分のことだ。そんなことをしても、根本的なところはどうにもならないと、ここまで来てやっと、俺は思い出した。こんな大切なこと、どうして忘れていられるんだろうと思いながらこうやってブログに記載する。素直は大切だ。それが目をそむけたくなる「べきじゃない、そうであるべきではない」ものであったとしても。そこを通過して次の段階に進むのだ。

 

7月

もう半年が経ったのか、と思う。6月は書き損ねてしまった。

なにか取り返しのつかないところに落ちている気もした。同期のやつらと比較して、薄暗い、影の方へ、陰の方へ行っている気もした。今も必ずそうでないとは言えない。

愛されたい。愛を感じたい。必要とされたい。生活がどんなに健康でも、心が健康を保っているとは限らないのだな、とつくづく分かった。社会的な生活を、仕事をどれだけまともにやっているからと言って、プライベートな面に何を抱えているかなんて、本当に分からないものだなとよく分かった。そう思うと、華やかに順調に見える彼らにも、きっと後ろ暗いところは、多分、あるんだろうなと思う。

太ったりしないような食事。なんだかんだジムも行くし、水泳もする。サークルにもはいる。にきびも作らない。食事は自分で用意できる。人に用意するのも苦じゃない。お弁当も作れる。箸置きだってちゃんと使う。ビール用にグラスが常になにかしら冷やしてある。生活用品が欠けることもない。家で過ごすのが好き。家の時間が快適になるように、実際手間暇はかかっている。外に出る用事もあまりないから、部屋は綺麗に片付いている。

なぜストレス発散がセックスではいけないのか、ということにこたえるのは難しい。多分理屈で突き詰めるにはえぐい。ストレス発散が猫を殺すことではだめですか、みたいな感じに近いと思う。不健康なのだ。

私はきっとずっとは隣にいない。今なぜいるのかと言われると難しい。寂しいから。構ってくれるから。学ぶものがあるから。この人から習得すべきものがあるから。すべてが順調に進んで、体を絞って、感染もしなくて、仕事もできて、引っ越して部屋のキッチンで料理をするようになれたとき、遠すぎてわからないけれど、この人を必要としなくなれるだろうか。健康的なところもあるし、不健康なところもある。その時私の最大の課題は、この人を健康にすることだ。

後輩から、ちょっと痩せました?肌きれいになりましたね、と言われたりする。だれのおかげ?間違いなく彼だ。歯を磨いてくれる人なんて地球のほかにどこにいるんだ。爪をやすってくれる恋人なぞ他にどう探せば見つかるというんだ。これは愛か?無償の愛か?利害関係の駆け引きか?

私は体の健康を、彼には心の健康を。まあ、私の心もとても健康と言えない時もあるけど、それでも彼の闇が深くなる時よりは、マシだと思う。