4月

 新しい体験とか、人を変える経験として、人・本・旅行というのはよく聞く。自分の中にないものを経験する、ということだ。

 知らないことを知る、新しい環境に飛び込む、慣れない土地へ行く。自分は学生の頃から、旅行が比較的好きだったと思う。なぜか?

可能性①

 普段生活している環境に飽きていた。そのため、いつもと違うものは新鮮で面白かった。毎日実家で米とみそ汁を食べていたら、たまに食べる菓子パンがめっちゃ美味しく感じた、みたいな。

 大学生の頃、それが顕著だったように思う。生まれてから大学生まで、ずっと同じ土地で育った。この土地は好き、とても好き。でも毎日カレーを食わされたら、オムライスも食べてみたくなるでしょ?友人と出かける、ドライブや電車での旅行、1人で行く海外。「違う」ことそのものが楽しかった。ワンピースしか読んでこなかった子に、NARUTOHUNTER×HUNTERのだめカンタービレNANAを次々に渡すようなものだ。「NARUTOはワンピースより面白いかどうか」はさておき、いろいろ違う漫画面白い!というやつだ。

可能性②

 旅行が好きな俺、かっこいい、という自己陶酔。旅行はちょっと大人なイメージがあった。そして、自分にないものを経験する、というのは、慣れていない状況にさらされる、という意味も持つ。緊張感もあるし、警戒センサーの感度と範囲を広げざるを得ないので、疲労もするしストレスもかかる。つまり、難易度は高めである。そんな旅行に行けちゃう、あげく楽しめちゃう、好きとか言っちゃう俺。デキる・・・。みたいな感じか。もちろんこんな明確に言語化していなかったが、憧れと自己投影は表裏一体である。

 

 まあ多分上記のような理由で、旅行は好きだ。気を抜くと「1曲リピート再生」みたいな日々になりがちな我が日常、隙を見つけたら旅行に行きたくなる。しかし行先の候補に乏しい。沖縄、離島、ハワイ、グアムなどのリゾート系に昔から興味がない。しばらく行ってない気がするから、今なら違うのだろうか。行ってのんびりして海入って日焼けして最高に楽しくてだから何?と思ってしまう。滅茶苦茶である。最高に楽しいだけなら5000円kindleにつっこんで漫画一気読みしてる時も楽しいだろ、と無茶苦茶な考えが湧く。リラックスしてリゾートを楽しめない僻みである。本当はもちろんみんなと一緒に遊びたい。

 そんな自分でも行ってみようと思ったのが、世界遺産シリーズである。日本には大体20か所ぐらいの世界遺産がある。西日本のものは学生の頃にある程度回っていたので、今度は東日本、ということで、この5年ぐらい、国内旅行の行先は世界遺産シリーズから選択していた。そして先日、それが一区切りした。

 ちょっと感慨深いものである。最初に後輩を誘って向かった日光東照宮に始まり、思い出を振り返って感傷に浸る。社会人になりたての頃からの習慣なので、当時の仕事の苦労とともに思い出される。

 次の国内旅行はどこへ行こうか。興味があるのは、温泉色々行ったら違いはわかるのか?5つ星ホテルとやらは泊まると感動するのか?地方の高級旅館は気に入るのか?地方の美術館行ってみたくない?などである。